「第35回 銀座 古書の市」 美術書画・書籍コレクション

2019年1月16日(水)~21日(月)、銀座松屋8階で開催される「第35回 銀座 古書の市」のポスターが出来上がりました。当店も今回がで5回目の参加です。来週には参加16店舗による合同目録も完成する予定です。他の参加店は、あがたの森書房・安土堂書店・五十嵐書店・芸林荘・公文堂書店・古書日月堂・木挽堂書店・書苑よしむら・徳尾書店・鳥海書房・中島古書店・原書房・フロイス堂・文生書院・八木屋書店という顔ぶれです。どうか会場まで足をお運びください。お待ちしております。

四度目の台湾へ

12月5~9日の日程で台湾へ行ってきました。飛行機で4時間→高雄→台中で2泊、そして台南です。2016年に初めて訪れ、今回で4度目の台湾。夜は少しひんやりするものの、昼間は26,7度なので、徒歩で散策することの多い私達にはちょうど良い気候です。台南で見ておきたかった場所の一つが、画像の「酔仙閣」です。車のある建物がそれですが、1920年に台南を訪れた佐藤春夫が、著書『女誡扇綺譚』に登場させ、自らも訪れた酒楼(料亭)です。場所は水仙宮近くの賑やかな場所を少し入った路地にあります。今の建物が当時の状態をどの程度留めているのかはわかりませんが・・・・。

※古本屋もいくつか回りましたが、雑誌、参考書、漫画等が多い印象。いわゆる「黒っぽい」書籍はありませんでした。

 

天野健太郎氏の翻訳書籍

台湾文学翻訳家の天野健太郎氏が亡くなった。最近では呉明益の「自転車泥棒」を翻訳し、虎ノ門の台湾文化センターでの著者を交えた出版記念トークイベントが控えていた。画像は私が持っている同氏翻訳の書籍3冊。実際にお見かけしたのは一度だけで、今年3月の文化センターでのイベント(老屋顔の辛永勝、楊朝景)だった。てきぱきと通訳をこなす姿を覚えている。仕事への情熱を感じる方だった。それだけにその訃報にはきょとんとしてしまい、すぐに信じることが出来なかった。天野氏にしかできない仕事もこの先たくさんあったろう。ままならない人生だったと言えば簡単だけれど、彼の仕事、翻訳作品をこの先見ることが出来ないのは、ここ数年盛り上がる台湾への関心の高さを考えると残念でならない。

京城の村上写真館撮影写真

明治40年、当時の嘉仁親王(後の大正天皇)が大韓帝国を訪れた際に撮影された大版写真。有栖川宮威仁親王、皇太子・李垠や初代統監の伊藤博文らと共に景福宮内の慶会楼にて。撮影は村上天真の村上写真館。

「華麗島民話集」 限定五百部 西川満・池田敏雄 日孝山房

発行:昭和17年

箱の背に補修と署名書入

装画と挿画は立石鐡臣

立石は台北生まれの洋画家。父は総督府財務局事務官、後に台湾瓦斯専務となる立石義雄。8歳の時に父親の転勤により内地へ戻るが、昭和8年、国画会会友となった時に渡台する。これは梅原龍三郎の勧めと言われる。この頃に西川満との親交もはじまり、西川の限定本の挿画・装丁に携わるようになる、台湾へは43歳までに三度計11年滞在した。近年立石鐡臣の活動研究・再評価が進み、2015年には銀座泰明画廊で「生誕110周年 立石鐡臣展」、2016年には府中市美術館で「麗しき故郷『台湾』に捧ぐ-立石鐵臣展」が開催された。またドキュメンタリー作品「灣生畫家 立石鐵臣」(監督:郭亮吟・藤田修平)などもある。

Tosari Studioの写真絵葉書

インドネシアでTosari Studioを営業した佐竹捨三郎作成の写真絵葉書。戦前の東南アジアで活動した日本人写真師のひとり。下部余白にスタジオ名が印刷されている。インドネシアは最も日本人写真師が活動した地域のようで、佐竹は現地で写真集を発行している。

ホテルのラベル

「帝國ホテル ライト館」、「富士屋ホテル」、奉天の「瀋陽館」の3種。瀋陽館は色合いもどこか大陸的な印象。私が生まれた時には既に消えていた帝國ホテル・・一度訪れてみたかった。こうしたラベルや営業案内書なども貴重な資料です。押入れを整理していたらおじいちゃんのコレクションがドッサリ出てきた・・・なんてことがあった場合は是非「やすだ書店」へお声掛けください。

 

 

山中篤太郎 1932-34年欧州留学時スクラップノート

山中篤太郎(1901-1981)は経済学者で第3代一橋大学学長でもあった人物。1932年から1934年の間の欧州、特にパリを中心とした留学期間中の様々な紙片を貼り込み、記録したもの。大量な紙片が貼り込まれたノートは厚さが約8センチほどにもなります。ウラジオストックの旅館の請求書やパリのボンマルシェのレシートなどなど・・・。画像は長谷川潔の銅版画入プログラム。

ご家族、親戚がこのような貼込帖や写真帖を残していませんか?「やすだ書店」では戦前の印刷物や写真も積極的に高価買取中です。丁寧な査定を心掛けておりますので、「これは」と思ったものがありましたら是非ご相談ください。

名刺版写真 田中松太郎撮影

写真師としてよりも、ウィーンで製版を学び、後に「半七写真製版印刷所」を創業したことで知られる田中松太郎撮影の名刺判写真。日下部鳴鶴の息子である田中美代二に写真を学んだようだ。田中美代二は工部美術学校に学び、「十一会」のメンバーでもあった。

裏には「東京新橋日吉町 田中松太郎」とあり、自製の台紙なのか歪んでカットされている。

 

八破(bapo)?の双幅

19世紀の中頃から20世紀初頭頃に中国では画像のような「八破」と呼ばれる様式の作品が描かれていたが、これまで特に注目されたことはなかった様です。特徴は拓本や紙片、書籍を重ねるように並べてコラージュ風に描くもので、2017年にはボストン美術館で「China’s 8 Brokens Puzzles of the Treasured Past」という展覧会が開催されました。今回仕入れた作品は年代などは不明ですが、旧蔵者は「支那 書籍画」としています。そういえばどこか李朝の文房図や冊架図に通づる雰囲気もあります。

同潤会の分譲住宅案内書2種

  1. 財団法人同潤会の分譲住宅の案内書。衾町と雪ヶ谷の2種。折込両面刷。墨シミと数カ所に数字の書込ありますが概ね良好な状態です。アパートメント事業で知られる同潤会ですが、今回紹介する資料は昭和3~13年にかけて行われた個人向木造住宅販売の案内書。共に昭和8年の着工・竣成。このような戦前の印刷物やパンフレット、チラシ等はコンディション良く残っているものが少なく、大変価値のあるものです。「やすだ書店」では、書籍以外のこうした戦前の印刷物等の買取も行っております。お心当たりありましたら是非ご連絡ください。

五葉版画研究所「五葉」 

序文を「五葉会世話人一同」。甥の橋口康雄が設立した「五葉版画研究所」の紹介、後援を兼ね製作されたものか。裏表紙の右隅にローマ字で「GOYO KENKYUJO 45? ZENPUKUJI SUGINAMI TOKYO JAP」、中央に実押と思われる「五葉」の印。口絵木版で「長襦袢の女」が付く。

各種絵葉書の買取いたします。

画像は昭和12年に開場した「国際劇場」の開場記念絵葉書。浅草に本拠を置き、「宝塚少女歌劇団」と人気を競った。代表するスターの一人に「ターキー」こと水の江瀧子がいた。一方の絵葉書にはタキシード姿の水の江の姿もある。2枚入り。袋付。

やすだ書店では主に戦前の絵葉書も評価買取させていただきます。ご自身のコレクションだけでなく、家族や親戚、ご友人に絵葉書をお持ちの方はいませんか。ご処分の際は是非「やすだ書店」にお声掛けください。旧植民地、鉄道、文化・芸能、建築、美術など様々なジャンルの絵葉書を探しております。

「風車詩社」結成メンバー李張瑞と「車路墘製糖工場」

1933年、日本の植民地下台湾(台南)において詩人グループ「風車詩社」が誕生した。中心となったのは楊熾昌、李張瑞、張良典、林永修の4名(他に日本人が3名)。張良典以外の3名は東京への留学も経験している。楊熾昌は文化学院、林永修は慶應義塾大学、李張瑞は東京農業大学。上の画像は「台湾糖業写真大観」に収録される「車路墘製糖工場」。詩人と製糖工場に何の関係があるのかというと、メンバーの一人の李張瑞は幼い頃に父の働く「車路墘製糖工場」に住んでいたらしい。たったそれだけのことである。その「たったそれだけ」から、枝葉を伸ばして1920~30年代の植民地台湾や台湾人留学生の生活の音や匂いを感じさせる特集を組めたら・・・こんな妄想ばかりしているのだ。

◆戦前の美術資料や書籍、旧植民地に関する美術資料などお譲りください。蔵書整理、コレクション処分など専門知識がなくお困りの場合お気軽にお問い合わせださい。ご相談のみでも結構です。

【新入荷品ご紹介】平木政次画・三島中洲賛幅「松本麟三郎肖像」

210×72.5/129×56.5㌢ 絹本着色 画面端にムレシミ 印は「平木政次之印」「柳静」の二つ。

画像は平木政次による肖像部分。平木は初代五姓田芳柳に学び、芳柳に付いて大阪陸軍臨時病院で西南戦争の負傷兵を写生するなどした。西田武雄が編集発行した「エッチング」誌上に「明治時代(自叙伝)」を連載し、これは後に「明治初期洋画壇回顧」として発行された。賛の三島毅(中洲)は、明治から大正にかけての漢学者で、東京高等師範学校教授、東京帝国大学教授、東宮御用掛を務めた人物。

矢吹申彦画額「風船ゲーム」 

F3のキャンバスにアクリル 「nov」のサイン 額付 1976年作 95000円

伊丹十三の書籍や「はっぴいえんど」のレコードジャケットデザインでも知られる

イラストレーター「矢吹申彦」の作品。本日の市場での仕入れ品のひとつ。

当店では新古書画の買取・査定も行っております。ご処分の際はお声掛けください。

 

昭和10年日本旅行協会「クーポン旅館一覧」より熱海玉乃井

昭和10年、日本旅行協会(ジャパン・ツーリスト・ビューロー)から発行された「クーポン旅館一覧」に載る熱海の温泉旅館。その中に私の祖父母が経営していた「玉乃井」の名が見える。子供の頃の記憶だと「玉乃井旅館本館」だったと思う。宿泊料が5円とあるので、今の1万~15000円くらいに相当するだろうか。ふとこうした資料に出会うと、幼少の頃の思い出がボンヤリとよみがえり、仕事の手がしばらく止まってしまいます。この一覧には他にも滿洲各地のヤマトホテルや中華民国(北平の扶桑館)の旅館も掲載されています。